Archive for the ‘BLOG’ Category
お経の説明責任
今日は、私のCDの「理趣経」を聴き、
自分も歌ってみたい!という
小学生のお子さまにお経の練習と説明を。
このお経は真言宗で常に用いる重要なお経だが、
誤解が生じないよう、一定の修行をしないと
読んではいけない決まりになっている。
従って、本件につき、各方面から
苦言をいただくのは重々覚悟。
だが。決まりごと云々の前に、
この小学生の感性に価値を見出し、感謝したい。
「歌ってもいいけど、お経の説明させてね」
とのお願いに、すぐにご家族で来院してくれた。
般若心経を一緒に唱え、
しかるのちに理趣経の
読みかた、意味するところを伝えた。
「欲求は元気の源。悪いことじゃない。
けど、その元気を家族や友達のためにも
使ってあげてね」
もちろん、今日の手法、説明が充分とは思わないが、
関心を持ってくれている気持ちに応えるべく、
最大限努力したことでお許しいただきたい。
機会があれば今後の意欲や理解力に応じ、
より深く伝えていくことも心がけたい。
そもそも、お経には説明責任が必要だと考える。
私は葬儀の際でも、場の雰囲気に応じ、
内容の実況解説をしながら進行することを心がけている。
賛否はあろうが、私が未だ、
「あんたのお経を聴いただけで救われる」
と言われるほどの大僧正ではない以上、
説明なしにお布施をいただくほど
厚顔無恥ではない。ので。
ニュアンスはちょっと違うけど、、
お経にもインフォームドコンセント、が必要だ。
「よくわからないものこそ有り難い」
「坊さんのすることなら間違いない」
としてくれる信者さんは、今のご時世、
そう多くないので。
そのためには、先ずに以て自己研鑽が必須であることは
言うまでもない。
「逆境」 タダでモノを教わる
「優秀な人間は環境に頼らない」
これは、先日TVで聴いた、
今、流行りとされている塾の先生の言葉。
その前後の趣旨は手放しに賛同できないのだが、
この言葉そのものには同意。
たとえば、自分の寺が、
境内が狭い
駅から遠い
地元が過疎
よって、
葬儀が減った
お布施が減った
お墓が売れない
として。
環境を憂いている間に、人生終わってしまいます。
どうにもならない環境や、
メシが食えない苦境の中にこそ、
活路が生まれる。
そもそも、
逆境の反対をやれば良い訳で、
こんな簡単なことはない。
例えば。
境内が狭けりゃ、
・合葬墓を作る
・二階建ての墓を作る
すると、一階は全天候型
・小さい墓を開発する
すると、値段が安くなる
「小家族向けにどうぞ」
・掃除が行き届く
すると、綺麗!が売りに
・二人しか入れないコンセプト墓を作る
すると、同性愛者同士でもOK
誰にも邪魔されない
・墓を返す、檀家を抜ける際、無料にする
すると、お墓のリサイクルが進む
「むしろ寺から礼金を差し上げたい」
一つの逆境から、アイデアなんて、
掃いて捨てるほど湧き出てくる。
だから逆境ってやつは有り難い。
いつでもどこでも授業料なしで教えてくれるのだから。
空海さん曰く、
「環境は人の心によって変ず」
与えられた環境を満足と思える心を育てる。
そして、心と行動によって環境をも変えることが出来る。
意訳だけど。
先日、はじめてもらったまともな原稿の依頼、
ーといっても寺が母体のNPOの20周年記念冊子だがー
を受け、先ほど校了した、
寺の25年の活動を振り返る文章を書きながら、
ふと思った戯言。
「陽射しやそよ風は、えこひいきしない」
柴田トヨさんの言葉も思い出すね。
(本文に挙げた逆境の例と、当院の逆境は、
必ずしも一致するものではありません^^)
45歳 誕生日
45歳を迎えた。
この日、
息子は、一日私につきあって遊んでくれた。
娘は、一日を費やしてケーキを作ってくれた。
下の息子は、いい子にしていてくれた。
妻は、娘をサポートし、誕生会の準備をしてくれた。
こんな素敵な誕生日は初めてである。
ところで、子の成長を感じるたびに、
役割をひとつ終えた気持ちになる。
年齢を重ねることは、冥途への一里塚であり、
めでたくもあり、めでたくもなし(一休宗純)
であるが、私は寿命の先にある命も見据え、
常に前を向き、めでたく迎えたい。
葉っぱのフレディも、
人々に木陰を与え、彩りを与え、
葉っぱとして一年間の人生を終えたあとも、
大地に還り、木に栄養を与え続ける。
人が遺すものは、遺伝子だけではない。
その役割を全うすることで、
現世に有形無形の財産を遺し、
死後も人々はその享受を得ることが出来る。
それは無形の場合もあるので、遺された人もまた、
それを感じるセンスを磨かねばならない。
目に見えない風を感じることができるように。
体と心。
これとは独立して存在する命の永続を感じ、
現世で為すべき事を全うする。
たとえ中途で終わっても、後悔することなく、
世の中に命の片鱗を遺したことを信じ、
善行に努め、生きて生きて生きたいね。
まだ自分には難しい。
従って、45の誕生日を迎えるも、
人生の折り返し地点には、まだほど遠いのである。
謹賀新年 敬禮三宝
紅白観ずして新年来ず、というほど
意固地にこだわっている私であるが
今年はTVを子供等に譲った
チャンネルを譲る幸せも
あと数年、だろうし
家族5人
妻と赤ん坊は実家ではあるが、
それぞれ何処に居ても家族、である
そんなささやかな幸せを感じる新年を迎えた
その日、その時、その瞬間を全力で生きる
今日死んでも後悔しないように
その反面
昨日の全力に満足できない自分でありたい
故に 死にたくない 死ぬのが怖い
足を知る
生涯修行
それぞれのバランスとベクトルを
常に絶妙に保っていたい
瞬間を全力で生きている人間は
100年与えられても実現し得ないほど
やりたいことが湧き出てくる
昨年の私は、自分でも驚くほど全力で日々を過ごした
が、それもすでに過去の遺物である
今年は昨年よりも満足できるよう
そして来年はそれすら恥じるほど
大きく成長したと思いたい
人生は短い
実に難しい、が、そんな生き方を
実践していきたいものだ
皆様にとりまして本年が素晴らしいものであるよう
心よりご祈念申し上げております
合掌
あの世って。。。?
あたし、最近、なかなか思うように歩けなくてね
次に此処に来るときはお骨になってからかもよ
でもね、あたし死ぬのも楽しみなのよ
だって、死んだら世界中の世界遺産を見て回るの
飛行機代も、食事代もかからないし(笑)
千の風になる、というのはこーゆーことか。。。
高野山での師匠は、亡くなった人のことを、
幽冥界に籍を移した
と、表現してたな。
居場所が変わっただけのこと。
現世での姿かたちは、そりゃ、諸行無常だ。
しかし、命ってやつは、
そんな短期限定でのちっぽけなものじゃないハズ。
縦横無尽に姿を変え、永遠普遍のもんだ。
こう、少しでも思えれば、
このおばあちゃんの心境に少し近づく、か。。
そして、亡き人を想う時も、
その辺の草花に魂が宿り、
心にも住んでくれてる、と思えるようになる、か。。
このことを、真言宗では現世に密厳仏国を築く、という。
CD 「Okyo is Music !」 発売間近。
かねてより制作していたCD・・・
仏教音楽である「声明(しょうみょう)」と現代音楽の
見事なコラボレーション・・・
私自身の都合や、その他の調整がつかず、
此処まで来てしまったが、ようやく完成に近づいたのでご報告。
発売日2013.01.XX
当面、本webサイトで販売させていただきます。
宜しくお願い致します。
合掌
ヒトの自己防衛能力
自己防衛能力というものを信じてやまない。
笑ったときのNK細胞
睡眠不足時のアドレナリン
極度の恐怖に陥ったときの気絶
など、枚挙に暇がない。
振り返ってみると、
…
救われてきたような気がする。
この数ヶ月、尋常でない生活が続き、
どうしても打開できぬ事態に陥っていると
解るやいなや、ふと、なんの前触れもなく、
「子供たちがいたおかげで」
「坊さんだったおかげで」
「あのひとがいてくれたおかげで」
「妻が実家に帰っているからこそ」
などと思えてくるから不思議である。
いつしか、料理さえ趣味に変換されつつある。
しかし、人はややもすると、
「子供たちがいたせいで」
「坊さんにさえならなければ」
「あいつさえいなければ」
「妻が実家に帰っているせいで」
などと思いがちだ。
そうなると、悲劇である。
ヒトはきっと困難を前向きに、
自分に都合のいいように変換してくれる、
すばらしい能力を持っている。
こいつを生かさにゃ、損損。。。^^
1985.08.12 18:56 JAL123
家族で般若心経を唱え、ばあちゃんをお迎えした。
年に一度、小規模ながらお盆の舞台装置を整えると
ここぞとばかりに素直さを発揮する我が子ら、である。
日付が変わったが、520名の命が失われた事故から27年。
当時高校生だった自分にとって、
計り知れない大きな衝撃を受けた。
圧力隔壁の破損、という一応の結論は迎えたものの、
事故状況の不自然さ、多くの矛盾、∴陰謀説まで。。
「沈まぬ太陽」「クライマーズ・ハイ」は
映画、小説ともに厳粛な思いで拝見したし、
事故状況なども自分なりに調べもした。
余談だが、私の飛行機嫌いは、
この事故が少なからず影響していたと思う。
ある本に、飛行機に乗るのが怖いのは、
巨大な鉄の塊である飛行機がなぜ飛ぶのか、
その仕組みを理解していないからだ、という一節があり、
その後、素人なりに航空力学をかじっているうちに、
徐々に飛行機好きになってきた経緯がある。
ところで、この種の事故、事件、災害、戦争を
振り返るときの常套句、
「早○○年」などという表現には違和感を感じる。
遺族のかたはこの27年をそれぞれどんな思いで
過ごされてきたであろうか。
とりわけ、本質的に多くの未解決部分を残したままのこの事故で
大切なひとを亡くされた遺族の皆様にとっては
時の経過が心の区切りになることはないであろうし、
一日千秋、片時も忘れたことがない人も多いと推察する。
心の悲しみの減衰レベルは、
当事者と周囲の人とでは大きな差異がある。
年数によって周囲の人が決めるべきではない。
私は年忌法要の際、ご遺族に
「もう○回忌、いつまでもくよくよしてはいけない」と説諭し、
導き、心を支えて差し上げるほどの
経験値を未だ持ち合わせていないのである。
私にできるのは、
少しでも仏さんの功徳がご遺族の心に及ぶことを願い、
声を出し切ってお経を唱えること、のみである。
お盆である。
三界万霊へ感謝合掌致します。
気付き・・・ 感謝と落ち込み。。。
気付きの連続で成長するのが人生かと。
日々、有形無形の存在から気付きを得るたびに、
低次元的に喜び、微々たる満足感に浸る自分が居る。
… しかし、人生を左右させるほどの大きな気付きをいただいた時は
得てして激しく落ち込むよな。。
人格を根底から覆されるくらいに。
言葉では「ご指導お願いします」「糧と致します」
などと言ってはみるものの、
いざ、心底厳しい教えに打ちのめされると、
それを現実的な糧に変換する過程は非常に難しい。
春季彼岸に際して。
彼岸である。
川の向こう岸が彼岸(覚りの世界)であり、
こちら側を此岸(しがん 現世)とする。
春分の日を挟んだこの一週間は
先祖供養&六波羅蜜という仏道修行の実践により、